To be continued

単純な日記です。

小説ー顔ナシ


戦争で夫が取られてしまい、しばらく過ごすうちに見知らぬ男が現れるようになった。夫は遠縁の親戚だと言い,信用するもしないもかんがえないうち小さな世間の中皆が知っていると口を揃える相手を無視するわけにいかず,家の中で男が居座るようになった。男は何をして生計を立てているのかわからなかったが,昼過ぎ迄眠ったあとは起きだし,それから遅い食事を作らせ時々外へと出て行った。あとで床へ落としていった荷札を見てみるに、何かの配送をして日銭を稼いでいるようだった。年末から年明けにかけて,一番下の子供が肺炎を起こして咳が止まらなくなった。朝から晩まで咳を続けて,少しも立たないうちにキツネが吠えるときのような声を出すようになった。そのうちそれが娘にもうつり、二人で交互にひがな咳をしているのが普通になった。頼る人も居らず、近所のつてで聞いたばかりの病院を回ったがおかしな薬を出されたばあとで、一週間、一ヶ月と経ち,けれども一向に症状は良くならない。あまりにおかしいと思いその薬の名前を薬店で調べてもらうのだが、聞いた事がないと店主は首を傾げる。うわさによれば、その病院では、信仰している神様がそのときに選ぶ薬を,効き目も確かめないで渡しているようだという。金はとうに支払ってしまい、二度三度行ってもいっこうに処方を変えないなか、その薬を、咳の止まらない息子には与えないで戸棚に置いておいたが,最近腹の具合が酷くなり外へ出られないという近所の子どもへ、あるきっかけで与えてみると一週間も立たないうちにそれが良くなった。子どもの親からは,代金の5,000円を支払って貰いはじめてわたしは驚いた。息子は薬のせいで肝炎を起こし、登校できない日が続いた。妹はすぐに良くなったが、息子だけがいっこうによくならず,周りの年寄りは会う度にわたしの家や土地、風向きの悪さを話すのだった。そうしてこのことで医者に対して訴えを起こしたとしても、きっと負けるのだそうだ。わたしが外へ出るたびに話しかけて来た隣の家の女はそう告げて、2、3同じような話を言い聞かせると満足したように家へと戻って行った。女の親戚は大病院の誤診できれいな腸を全て引き摺り出されて死んだのだという。男はわたしに、ひがな「夫は死んだ」と告げるのだが、はじめはもちろん信用していなかったが,しかしそれは毎日のことなのだった。朝から晩まで同じ人間といて、外のことを思えば爆撃ばかりがあり、ふつうの毎日などをとうに思い出せなくなっていた。皆が自分だけの心配をし、その中で息子の咳を聞いているうちたしかに自分の夫は死んだのかもしれないとときどき思うようになっていった。人間なんてやわなものだ。食べ物と生活、支えのひとつもなくてはどれもひとつも回らず、小さな子どもが居る限り流行り病や子取りの心配事は尽きないが,それが思想さえもむしばみ,もはや楽観的な考えなどごくわずかに,寝入り端の部屋のぼろい窓から光が差し込む程度にしか思わなくなった。そのうち死んだ人たちのことを思うようになった。皆の死に方や死に際、それはすべてが不幸に塗れているように見えた…。そうするうち、その男は遠縁の親戚をもう一人連れて来るようになった。その男は昼間自分の友人を連れてきてはわたしの家の中で酒を飲み騒ぎ出すのだ。そうして酒の肴のようにして私の家事や育児や交友関係に対して揚げ足をとり始めるのだった。毎日、山ほど仕事がある中で,酒を飲んだ後片付けを一人でさせられ、いくら声をかけても血に飢えた狼同様で人の家の中で静かにすることも知らない。そうするうち、顔を見るだけで次第に食欲も失せるようになってきたのだが、うちにはとりあえずの食べ物と金だけはあったのだ。わたしは毎日、それでも戦争に取られた一番上の子どものことを思い出し,あの子は勉強も国語も何も出来ないまま虚勢を貼ることだけで世間をわたっていたのではないかと思い出し,子どもの勉強の支度を手伝うのを忘れなかった。娘はすぐに自分でやるのだが、息子はそれを放り出して外で遊ぶのが未だ好きなようで、ときどきどこから持って来たのか分からないような飴を握りしめて帰って来るのだった。わたしたちは男が日がな眠ってわたしたちの家具を蹴飛ばしているときも、悪態をついてくる時も,毎日食べない事がどれだけからだを蝕むのか知っていたので,その辺にある口に入れられるものを食べて過ごしていた。昨年一昨年、下の子供の担任だった教師は虐待同様の軍国主義とそれにそぐわない無関心を子どもらに与え続け,結局は審問にあったあげく他の地方へ飛ばされていくことになった。あれほど活力と欲に溢れた男が教師とは名ばかりの,掃除夫に成り果てた男を想像してわたしは空恐ろしくなったが、わたしはその発端になった息子への暴力、それから見せしめのような監禁、それらを取り巻いていた顔を幾度か思い出し、子どもでなく自分たちの繋がりばかり守ろうとした教師や校長のことを思い出し,数年間に渡って娘の担任さえもそれに遭遇したとき持ち前の正義感を発揮せず,全くなんの感想も抱かなかったことも知り,わたしは、娘が憤慨して帰ってくるたびにいつもその教師の肩を持っていたが、それはあらためて価値のある人間ではなかったのだと考えるようになった。

後で聞いた話によると、うちへ来た男の商売はこの国の至る所にあり、手口もほぼ同じで自分が血縁があるかのように振る舞い、子どもの病も治らないよう食事のなかに薬を混ぜ込んで家庭の中に居座り続けるらしい。そうする事で子どもが見たことのない病に侵されたと思い込んだ親は半狂乱になり、幾ら金を出してでも治療法を探そうと躍起になるのだそうだ。もちろんこの薬は国が扱っているものなので,治療法などない。税金や思想で日々地道に奴隷を作り続けている政府だが,このように現実的側面でも悪事を働いては,表に出る時だけは正義ヅラをしているらしい。そういった、国と繋がりのある組織があちこちに点在しており,それは政府が「▲▲きょうかい」という名前で未だ支援しているのだそうだ。いま海外と行なっている戦争も、裏を返せば食糧危機から来る人口の削減制作にあるが、国民を数字に変えて人格を拝した後で、煌びやかなだけの椅子に座り続けている国の当主が外交の折に見た海外の文化や兵器に目がくらみ,国民の金をどうにか使ってもっと西洋的に超え太るために生活を顧みずに行なっているらしい。
その不満の吐口として作ったのが「えた、非人」という格差政策らしく、何かにつけてそれが悪いと言うことで満たされるのが人間ということなのらしく、この政策はいまも一部の綻びしか見えないほどにうまく行っている。わたしは、生活の中でずっと男というものを見続けていた。なぜこんなふうにして世間は回っているのだろうと思いながら家事をし、炊事をし、育児をし、あるとき、ふと思ったが,こいつらは、ひとりの子どもすら産めないのじゃないかと思った。そうして、男のような使いぱしりが、気ままに国の中を,人様の家庭の中に居座るようになった。あちこちで起きている殺人や政治犯の取り締まり,抹殺も、さも国がそれを取り締まり,国民を守っているわうな口を聞く裏で実は,国と繋がりのあるこの組織が行なっているらしい。そうして居座るようになった男は、あるときからわたしに酒を勧めるようになった。その中に入っていた薬のせいで寝入ったわたしを無理やり遅い,自分の思いを遂げるのが日常的になった。わたしは、相手がいついなくなるのかとそればかり毎日考えるようになった。子どものやまいはようやく治り,可愛らしい顔でわたしに話しかけるようになった。わたしはようやく安堵し,それも束の間の安堵と幸福で、またすぐにでも夫や子どもをうばった国がわたしたちの作ったものを壊しに来るのだろうと知っていながら,家庭の畑をたがやし、わたしはそこに花を植えては夫や、一番上の息子を待つようになった。けれど、いつまでたっても遠縁の親戚というのが増えるばかりで自分の知っている顔は帰ってこなかった。あるとき、男は「自分はこの社会には存在していないのだ」と言った。わたしは、なぜかと尋ねると,男はかつて自分は臨んで戦争に行ったのだという。自分は教科書の1ページすら読めたことがない。入った会社も数ヶ月でうまくいか無くなり、見た目も良くない自分は劣等感だらけで生きている。そうして国に帰って来た暁には税金に頼る以外他で生きる場所などなかったと言い,けれどそんなふうに若いに任せて、家庭や自分の来た道を一度も顧みることもせずに戦争に行ったせいで周り同様に手も足も不自由になったあげく、最近では頭もいかれてしまったのだという。きみは知らないだろうがそういった男は未だ何びゃくにんもいるのだと言い,お前はそれをどう思うと尋ねるので、わたしは黙り、そうするうち無言を同調だと捉えた男は何も言わなくても自然に話し続けるのだった。男は、自分はもうこの社会では居ない者も同然で,もしどこかへ行けるのならばいま自分の手に渡されている密輸の話くらいしか無いといって笑った。わたしはいったいそれはなんなのか,まるで賭け事のような話だと思いながら半笑いで聞いていたが,男はそのように絵空事の話をするときは至って真面目なのだった。男の顔を兼ねてから見ないようにしていたが、その時に顔を見てみると確かに爛れた皮膚に虫がはったようなあとがいくつかあった。子どもの新しい皮膚と比べても、ゆがみ、何かがもっと醜く歪めているように思えた。男は顔を上げてどこかを眺め,ゾッとしたのは、他人をそうやって眺める時の目で、わたしはいつもそこに動物が居るように思えていたのだった。

ーかつての夫や子どものことを思い出そうとする。かつては、わたしにも確かに家族がおり、友人がいて、自分の仕事や、畑もあったのに、国がそれをすべて奪って行ったのだ…。わたしはこれまでにもいくどもその事を考えたが、今そこで,男の都合の良いばかりの話を聞くにつれて、そうしているうち、わたしの身体の中でも流れている血があり、それがつねにたったひとつの行き先を求めてもがいているように思えた。

「殺せ」ー目は血走っていた、そうしてそれは夫が、あるいは子どもが、戦争に取られて行った息子が、そう言うのかもわからなかったが、わたしの中にまだ残る感情のすべてで、目の前の男を殺せと言っているようだった。それは胸が悪くなるほどのうねりだったが、殺したいのはその男であり、国であり、もしかするとここにいるすべての男のことかもしれないと思った。

その日の夜,子どもが寝入ってから、またその男はわたしのことを無理やり抱こうとするのだった。わたしは毎日、毎日男の衣服、汗や口臭などを嗅がされつづけるようにただ苦いものを味わうようにひとり顔を顰めているだけだったが、その最中に、男は突然思いついたかのように「夫としていた時のようにしろ」と呟いた。
わたしは「なぜか」と問いかけた。男はしばらく黙っていた。
あたりは真っ暗だったが、わたしはその時から幾人もの過去の声を聞いていたような気がした。そうして、男はいつものようにわたしの上を制したあとで、それからまるで地などないかのように、空を見つめているような感じで,それから何者でもないような声でーいつもの通りに「そうしていることで俺が、勝ったような気になるからだ」と溢した。