To be continued

単純な日記です。

昨日は,文芸関係者の人達に誘われて,集まりに行ってくる事ができました。ここ数年くらいものをまともに書く事が出来ていなかったんだけど、最近やっと身の回りの人達が落ち着いて来たので下書きを整理したり新しいサイトで小説を更新したり,応募したりしていた僕は、今回と,それから前回,久しぶりに色んな人の才能に触れる事が出来てとても新鮮でした。それで、その中で殆ど知らない人たちー何故か自分のことを知っている人達の中に入れられていじめられたりもしていたんだけど、この中で、そうは言ってもだいたい良い子だったと思われているんだなということに気がつき,それは一体どういう理由があるんだろうかと考えていた。そういう場所のなかではある人が自分のことをいつもされてるみたく扱って欲しいって駄々をこねてるとき以外で、自分は良い人間だと思われているんだなっていうのと、それで,最近はその文芸飲み会だけでなく過去に知り合いになったはずの人とも再会したりする機会もあったんだけど、その再会した人たちとかと会いながらも傍にいるN君の方はというと特にいつも通りに過ごしてるだけなのに皆から常にどこにいても「Nに気を付けた方がいい」ていう注意付きでこれまでの罪をむき出しにされていってる時、それを話してる某さんの事を見ながら「やっぱり,普段の行いがこういう時に出るんだろうな。」って思っていた。後で知った事だけどやっぱりN君が過去やっていたことを友達同士の争い、諍いレベルのものでなく未だに犯罪だと見做してる人もいるようで自分らが狭い範囲で見てた事と、別の関係を持ってる人が感じてた印象にはいろんな格差があったんだなと改めて思う事が一応ありました。

最近こんなふうに同じ空間にいて、同じようなことを経験して来たはずなのにお互いに見えてなかった事が沢山あったんだなということに気づくという経験を経て,星の王子さまみたいに目に見えないこと…例えば嫉妬、愛、憎悪のことの起こりだったり、信頼だったり,当たり前に持ってたり持ってないと感じ続けてる事が常時人にも自分にも影響を及ぼしてたんだなって思ってました。

で、それだけじゃなんなので余白を埋めるために書いてみます。それで、文芸の集まりで新しい風土っていうのを知りつつ読んでたりするんだけど、そこでやっぱり問題の甲さんが、乙さんに興味を抱いてる図っていうのが僕も面白かったです。それに対しては、一応細かく書けば,けっこう鳥肌が立ちそうなギリギリのとこを「人物像」として攻めまくってるのが、大の大人がそこに生えてる人形と話してる人みたいで面白かったです。とにかく他の人のものも見つつ,「物語って、こういうふうに書くんだな」って感じだなとふとこの間読んでいたミセスっていう雑誌に載っていたゲスい方に焦点をあてて、あるあるみたいなの面白いなって思って(風俗で恋愛をするごく普通に太っててダサい主婦の性欲についての話なんだけど最早、10代の頃の漫画レベルに自分の年齢的に理解してる風土について親しみを込めながら聞いてる感じすらある),そういうモード」があるんだなっていうか、色々あって気分によって読みたいものって変わって,昔いた文学なんてだいたい月一回くらいでいいって思ってるのが普通の人間かもしれず、あとはちょっと感じたのが、少女が居る場所だと恋愛のこと書く時は相手に劣情を抱いてるとかやりとりしてるというのでなくて会ったばかりの知らない女が知らない男に萌えてるという状態がなぜか非常に長くて一方通行でだいたい心の中の独白だけでストーリーが進んでいくみたいのはなんでなんだろうと思った。「何するんだろう?」「この人、何でこんなことしたの?」→その後の長い自分的な解釈を,その人がいる場でやっててそれがテレパシーで繋がってていつのまにかキスとかもしてるってなってるのが多いんだなと思った。

で、その、新しい人達の才能〜文化に触れて自分はこういう案、こういう見せ方、ていうのが見ていて面白かったのと、やっぱり物語内部に入って没頭するのって面白くて,私生活の方面を忘れまくっていつまでもやってたいってなる。やる気が、でてきました。

自分はそれで、皆同じなのかもしれないけど最近は仕事とか私生活の方が落ち着かないと書けないなっていう気持ちを拗らせていたのと、何処かに出せるものを書かないと確かに、楽しい嬉しいで書いてても「何やってるの?」って聞かれた時しょうもないよなっていう事は考えてました。でも数年前だったら、わずか5,000文字の小説すら自分には書けないって本気で思ってた自分なので、色々出来るようになっては来てるんだなっていうのと、頑張ってまず一本ずつ書いて行きたいって思っていた。