To be continued

単純な日記です。

小説ー変態

いよいよ、着いた。エステティクサロンE HCの前でわたしは立ち止まり、ごくりと生唾を飲んだ。今日、ここへ来たのには理由があった。わたしは、そのままその真新しい灰色のビル正面にある、ぴかぴか光る自動ドアを通り抜け、すぐに現れた受付に名前を告げた。少し待ったあとで奥の扉が開き、白い服を着た女性から「なかじまさん」と声をかけられる…(いよいよ…)わたしの姿を変える時間が来た。現代では少しずつ、一部だけで知られるようになったことだけれど、実は、人間は顔、それから身体を入れ替えることが技術的には可能になった。
詳しい仕組みはよくわからないけれど、「ドナー」と言われるその闇組織が人工生成した人体に、どこかから抽出した記憶をその脳に植え込ませ、基本的人格の上の一般教養を身につけた…つまりかろうじて運転できるくらいの人間を車のように、誰もが自由に、お金を払い免許と講習さえ受ければ「乗れる」ようになったというわけ。わたしは今回、友人のつてでそれを知り、なんとか講習をパスして乗ることになった。わたしが今回選んだのは男性のA型のもの。これは一週間五万円くらいで、人気のある型だった。…わたしの顔、形というのはもともと、わりとしょうもない部類にあって、小さい頃は「たまちゃん」と呼ばれていた。ちびまるこちゃんに出てくる、あの、眼鏡をかけて大人しい、「うん」「ねえ」くらいしか言っていた記憶がないような、あのキャラクター。わりに、人格っていうのは外見からも中に影響を及ぼしていると思っていて、少なくとも、たまちゃんカテゴリーにいるひとが「お前を喰ってヤルゾ」的なことを言ったら周りがびっくりするし、喜ばないだろうなと思っていた。けどわたしはずっとそのままの形でいる事を受け入れていたし、たまちゃんでなくなる日が来るなんて思っていなかったから…今日、いま、交換を終えたわたしは鏡の前に立っていて、EXILEの登坂のような形になってしまった自分を見て、たじろいだ。これがわたし…。ニコッと笑うと鏡の中のそいつも笑う。
(めっちゃ、カッコええやん…)
わたしは思った。そこには、「たまちゃん」の面影はない。わたしはその、浴室のような身体チェンジ機から出たあとにある大きな姿見の前で色々、角度を変えて自分の裸体を観察してみた。とにかく、360度どこからみても「めっちゃ、カッコええやん」という感想以外思いつかない…わたしはすごく戸惑っていた。だって、わたしは二重数年間ずっと「たまちゃん」でいた。友達が話しかけてくる時も、たとえ鼻くそを気にしていようとたまちゃんからのレスポンスを期待しているんだなー、って感じていたし、目の前にあるアジア象でちょっとわくわくしてきていようがとにかくたまちゃんはそんなことで鼻息荒くするわけない、っていう常識にカテゴライズされていた。でも、わたしはいま登坂みたいな見た目になっている。わたしは、鏡の前で自分の顔を凝視したあとで「ちょっと、ちゃうんやないか」と言ってみた。

「ちょっと、ちゃうんやないか」

ヤバイ。かっこいい。自分の今の在り方、行動すべてに対して突っ込んだ筈が、匂い立つほどにカッコいい。わたしは、ちがうちがうちがうって思った。とにかく…いきなりカローラフェラーリにとって変わられた気分で、それは喜ばしいでなくって心から「ちょっとちゃうんやないか」という気分でしかなかった。こんなの、登り坂が突っ込んでも、マサミもあみも笑ってくれるはずない。わたしの精神性は、登坂を否定しようとする…
その後、わたしは「ちょっとちゃうんやないか」のあとで、瞬間的に口角をキツくあげてみることにした。ちょっとちゃうんやないか→キッ!っていう感じで、そうすると、ちょっとだけ笑いの空気が滲んできた。(これだ…!)鏡の前の登り坂は、ちょっとだけ微笑んだ。その笑いも、予想に反してカッコよかったのだけど、とにかくわたしはひとつのエスケープを得たと感じた。

今回こんな事をしたのは他でもない…元カレに近づくためだ。女だったら警戒されるかもしれないし、もしまかり間違って惚れられても困る。わたしはいち男として元カレに近づき、最近の動向をさぐりたかった…
更衣室で着替え、ひと型Aに会うような服を身につけて、わたし、じゃなくてもはや俺、は外へ出た。ウッサムッ…呟いた声は、男のもの。
外を歩いて気付いたけれど、ちょっとチンコがダンゴ状にパンツの中にあるのが気になる。(男って、こんなふうに毎日、毎日、余計なわだかまり股間に収めてあるいてるんだな)って考えて、ちょっとだけ愉快だった。ふんどしとか…ブリーフじゃなくて、せめてボクサータイプのやつのがよかったかな…チンコはホースだとしても、玉はなんのためにあるのかな…ててて…ん…ちょっと気付いたけど、皆がわたし、じゃないや、俺を見ているようだ。まあ、仕方ないか。俺は今、見た目としては二十代半ばのイケメン男子の姿をしているわけで、しかもその中でモデル体系を基準に選考された人体が多い。皆がそのスタイルの良さとか顔の良さに視線が吸い寄せられている。わたしは、いや俺は、ちょっとだけ胸を張った。(ええやないか。見やれ。)いつものわたしはじろじろ見られるのが大嫌いなのに、なぜかわからないけど(ええやないか)がじんじんと、湧いてくるのを感じた…わたしは、これが噂の男性ホルモンなんだなって感じた。わたしはそのままで歩き回り、わたしの(ええやないか。ええやないか)が暴走してくるのを感じた。わたしは、横断歩道で止まった時、ザグーッッッと鳴るように、スニーカーを意識してブレーキを立ててみた。隣のご婦人がチラッと俺をみて、訝しげだったのが「まあ、イケメン」ってなったような気がした。




つづく