To be continued

単純な日記です。

可能性とS

今日は朝から仕事で、昼過ぎからSくんと同じ勤務だった。僕らが、常日頃暇を持て余しているといっても、しかし一応勤務時間であるために忙しく働いているように自らを思い込ませているところがあって、Sくんは棚を精密マシーンのように掃除していて、僕はカウンターの方で色々な業務をしているみたいな幻想の中にいた。僕は、「あっ!!」と声をあげた。Sくんが僕の方を見た。僕が目撃したのは床をさっと横切る黒い影で、たぶんなんかの虫だと思った。その数秒後にSくんもその影を目撃したらしく、Sくんのいうことには「あれは、ゴキブリだ」だそうである。しかし僕は、あの影をはっきりと見たのだが、あれは2、3センチほどの体長しかなかったように思ったため「ゴキブリではない。クモだと思う」と言った。しかしSくんは譲らずに、しばらく「ゴキブリを見た」と繰り返し呟いている。僕は思うに、まず、この街に住むようになってからゴキブリを目にしたことがないこと、こんな繁華街のど真ん中に昼間から、ゴキブリが出るはずがないということをいった。もし出るのなら、隣の中華料理の残飯を狙ったネズミじゃないだろうか、ネズミなら何度か見たことがあると僕は、言ったのだが、Sは譲らずに「あれはゴキブリだ」とのたまった。
僕の思うに、まずこういう場面で虫みたいなものが出現したとき、人の性格が現れると常日頃思っていて、いろいろなパターンに分かれるように思っている。まず、

①やたらめったら騒ぐ
これは、女性に多いが、素直な性格の人が多く、もし隣に居る人が裾が長い衣服を着ていようものなら裾がもう戻れないくらいなほどにガッチリ引っ張ってきて「キャァー」と叫んだ後で「あー、さっぱりした」と一人大便に行くみたいなところがある。

②冷静に状況を見る
僕はこのパターンである。しかし、状況を見過ぎで何もしないと思われがちなところがある。僕の場合、ゴキブリよりも「皆がこんなに色んなリアクションをする!リアクション祭りだ!!」と感じているところがある。

③率先して、虫狩りに行く奴
僕はもしかすると、Sはこういうタイプで、ゴキブリを狩りに行くためのアドレナリンを持て余しているのかと感じた。

僕はその後、何故かしらカウンターの中に戻ってきたSくんと一緒に、業務をするという幻想の中に二人で入った。それから、僕はわりと早めに忘れたのだが、Sはまだ、ゴキブリが周囲にいると思っているようで、Sがかつてゴキブリに出くわしたときの話をし始めた。それは、Sは一人暮らしを始めた最初の頃の話で、Sが昼ごはんのためカップ焼きそばの湯切りをしているとき、ゴキブリが今のように床を横切ったというような内容だった。僕自身、実を言うとまだゴキブリには会ったことがないのだが、Sが、身動き出来ない状況で素早いゴキがそこを通り過ぎていき、なす術もない放尿のように「湯切り」させられているSの姿を思い浮かべて、ちょっとだけ笑ってしまった。僕はとにかく、「それはいいのだけどさっきのはゴキブリではないと思う」と言っておいた。Sは、僕の顔をみた後で「そうかもしれない。」と応えた。その「仮想ゴキブリ」について、ともかく僕らの空気をしばらく支配していて、来客のベルがなるたびに僕は、Sくんが「ゴキブリッッ」みたく反応するのを見て、ちょっとだけ面白かったのだが、その後でMさんが勤務に入ってきた。僕はもうあと三十分で勤務終了、というところに、SくんはMさんに向かって「そういえば、Mさんってゴキブリ見たことありますか?」と尋ねた。たぶんSは、さっきゴキブリみたいなものを見て、二人でびっくりしたという話をしたいに違いない。そう思い、無言で、二人の後ろの方で未だ業務をしているという幻想の中にいた僕は、二人の行く末を見守っていた。ところが、意外なリアクションが返ってきた。なんと、Mさんの夫は大学の研究者をしていて、その研究の中にキノコ、細菌、それからゴキブリに限りなく違い節足動物も含まれているのらしい。僕は、びっくりして、「エッ?!」と声をあげてしまった。Mさん、振り返って僕に対するスマイル。それからSは、自分が用意していたであろう焼きそば&ゴキブリ野郎と、さっき横切った物体がクモでもネズミでもなくゴキブリである可能性、みたいなエピソードを携えたままで、完璧なMさんの聞き役としてそのカウンターの前に十五分くらい立っているはめになっていた。
僕はその姿を見ていて、ほんまにSは、かわいいやつやなと思ったんである。