To be continued(お掃除期間)

単純な日記です。

最近はまっている、服あさりについて

こんにちは。Sさん達へ
僕の方に,再三にわたって「どうでもいいから何か言ってほしい」みたいなメールをして来てくれてありがとうございます。僕も最近は、色んなことをやって見ては飽きて辞めてみたりなどあちこちを掘り散らかしてから思ったことには、自分と他人との棲み分けが終了したみたいなことでした。僕は、最近自分が普通の人間と違うってことを理解しました。自分は人間として生まれて来たけど,最早ここでは人間としての権利も義務も持っていない為,他の人の空気を読んだりルールに従う必要がなくなって、自分だけ毎時間特別ルールで自由きままに侵されるみたいな地位にいるんだなというか、だいたいそれが正しいかたちで認知出来て来たと思います。なので、最早僕は誰とも関わらなくても良いどこにいるんだなっていう実感が最近まあまあ強固になって来たと思いました。これが、8年前のことだったりすれば僕もまだぺーぺーだった上に認知もされていなかったので,これに対して悩みのるつぼ状態になってましたが,今は「しょうがない」と一秒くらいで思わせる事ができるようになりました。で、だから昔なら自分から色々選んだり取捨選択したり「やってあげる」みたいな空気を醸し出してやる事など不可能だったんですが、それは時代が変わったせいで、「もしかするとこの人,そういう人なのカナ?」って思ってもらえるまでになりました。僕が、僕だけが、全選択制フィールドに居るみたいなことです。自分はそこにいたるまでのこと(10年弱の期間)をたまに反芻したりしてました。だから自分から匂ってくるようなおかしな行動,気持ち悪い選択に対して最早他人に言い訳したり説明したりすることをしなくなりました。以前だったら,ちょっとへんかも?と思った時点で落ち込んだり,どうにかしなきゃと思ったような事も,これまでの経験を踏まえて「でも、直したところで永遠に良い結果なんて来ない」という事がわかっている為,メメント森みたいな感じでそのままの自分でただ横たわるだけみたいな状況がかなり増えました。
だから今の自分の行動原理とかを突き詰めるともしかすると巷にいる奇人変人•おたく•身なりに構わないおじさんと同じようなとこに来てるのかもしれません。僕は説明もしなければ、ただただアンゼンが脅かされる時だけキモチ悪い程度に反抗していくみたいな奴になったのである…これが、もし普通の婦女子だったとしたら、いつも周りを見回して,申し訳ない(><)💦って未だ感じていたと思います。

どうでも良くなった…そういうことです。

それから、言うと文句にしか聞こえないと思ってましたが普通に、コロナ以後と三人のお産を終えた後なので体調も悪くなってました。

一応,誰が見てもわかりやすいように纏めておきます。
このところの自分のやってきた事で①新聞を読みまくる
というのがあります。これは結局,本格的な「飽き」がきてしまいました。なんでかというと、とにかくニュースというのは古今東西でどんな事が起ころうともだいたい同じような事が取り上げられて行くだけで,けっきょくそれを突き詰めると毎日「マスコミはいまこういうことをフューチャーしたいか」「どういう所属の人数を増やしたいか」ってことにしか見えなくなって来ました。結局ニュースってそうですよね?だから、もう本当にこれに飽きました。どう足掻いても,毎日だいたい同じことをしてて,勝手に変えられていくだけで学びも無い。
YouTubeを見る、本を読む、文を書く
これは,単純に安全よりも危険のフィールドが増え過ぎたので色々を見れなくなりました。僕は安全じゃ無いと感じればそれが知人であっても五秒くらいでさようならできる所にいます。

③ゲームをする
ゲームは、ハマると時間を忘れるくらい楽しいんですが,去年一昨年と桁外れに気持ちが悪い人間と会いすぎて,そこで監禁されるみたいな事件も数多く起こったため関わるより以前にまず拒絶反応が起こってムリ。

④ファッション方面

最近しまむらで安く買えた衣料がよかったせいで「おしゃれする」ということにはまって来ました。自分も今まで文章方面の調和、協和音を探るのに夢中になりつつもなんで自分の着てる服の方にはまったく興味みたいのが向かないんだろうとは思ってました。最近安くて&サイズがちょうど良くて&一発で合格出来たみたいな服がたくさんあり、自分の中のガッチガチな成功体験としてもはや「おしゃれに向かって努力する」という行動が記録されてしまったんだと思います。なので自分はファッション雑誌を買って服をじーっと見るという意味不明な行動も割としがちになってしまいました。

ポケモンGo

ずっと飽きて放置していたポケモンGoを再開して、最近海外セレブと海外ミュージシャン方面に対して「イケる…?!」て思うことが増えました。

ただ、行ったところでどうなるという事ではありません。
でも第一線で活躍されている人ならこの「こんなところにもイケる…?!」みたいなことはたまに思ったりすると思います。これは本当に,「え?!」っていう驚きとしてちょっとだけいま、掘って見たら5秒後どういう世界が見てるのか知りたいという事なんだと思います。正直、それがナンだと言うことでもないですが「わたしが?!」そういう閃きみたいな感じです。
飼えるとは思った事はありません。

⑥リターンがないじゃないか!
「これははっきり言って遊ばれてる」と思った時点で五秒でさようならできる所に僕は居ます。

と言いつつも,自分もこれからのことを考え無いことはない。今日、チョコレート菓子を作っていて思ったが,なんでこんなアジアの辺鄙なところにいて,生えてもいないカカオを煎じ詰めた結晶の部分に、生えてもいないサトウキビを煎じ詰めた結晶みたいなものを混ぜるみたいなごくごく贅沢で意味不明なことばっかりやってるんだろうと思いました。それは、はっきり言って必要あるかないかと聞かれたら,病死寸前でも無い限り,北海道産の小豆を煮て食べてた方が理にかなっていると思います。自分はもう、死」みたいなのをゴリゴリに自覚しながら生きている時のことを強固に身に染みて思っている為,だから人は「死に方」も考えて良いと思いました。死に方をまず考えていけば,どう生きるか,10年後〜5年後〜絶対にしておきたいこと〜日々やっておきたいことみたいな事は算出されてくると思います。思うに,これは歴史やルーツについて調べて来た影響かもしれないけどだいたいこういうフィールドで育って来た僕が、大体この辺までのフィールドで一日こういうことをして,いつか死ぬベースでメメント森みたいにやっていくっていうなんとなくなイメージであります。自分の場合,なるべく低燃費で、言葉を発しないで,問題も作らないで生きていくのが正解な気がしました。で、10年後になれば今よりももっとヨボヨボになってることが目に見えてるため、はっきり言っておきますがこれからばりばりにやっていくみたいなイメージはあんまりありません。だいたいはいるかいないか分からないみたいな存在になるくらいが丁度いいと思いました。だから、身の回りの人が元気にワイワイしてるみたいな状態で、かつ、自然物の方からたまに湧いて来た分だけ書いてくのが良いんじゃないかと思います。で、自分も考えたが、この身の回りにいる人=良い人の方がいいという根本にある考えだけど,それが自分と自分の身の回りのだいたい同じ人で同じ未来を思っている共同体みたいなのを一体どうやって決めてくんだろうみたいなことはたまに考える。