To be continued(お掃除期間)

単純な日記です。

買い物パンチ

もう仕事もしていて社会の流れの中でごりごりに生かされているような人間が、いきなり「体調が悪い」とか言い出しても今更うるせーよっていう受け取り方しかされない事はわかっているのだけど、最近は体調が悪いせいでずっと休んで居ました。自分は、思ったが、今までシフト制のところにいて、仕事がなくてもとりあえずいて時間を埋めながらも僕の体力が皆の体温を温めるっていうところから仕事だと思わされていたのに対して、いまは、とりあえずの成績を上げることを目的にいるところに変わってしまった。そこでいま、僕がだいたい仕事を出来ていると見做されているんだったら、体調を崩したり、疲れてきたりした時点で自己責任でもう、休んでも良いところにいるような気がしていた。
なんでかというと、自分の場合疲れて来ると相手に理由もなく当たりたくなるし、肯定的な見方が出来なくなって来る。その辺にいるババアみたいにして紆余曲折を忘れたせいで理由もなくあっちこっちを指差ししまくるみたいになる前に、とりあえずストレスが多い場所に居てそれが誰からも予測も見えるはずもないところだったんだと分かっているんだとしたらもはやそれを説明する以前にもう「疲れた」と割り切って休んで、次の日に倍くらい働けば良いんじゃない?と思うようになって来たからです。


話は変わって実家に居ると、たまにイベントごとに買い物に付き合わされる事になる。それでやってて僕は思ったが、買い物っていうのは欲求とか願望の現れみたいに未だ見えているんだと思った。例えば相手に振る舞うとしても、生活にしても、そこに居る理由が消されてる時点で、買い物と言うのはどうしてもやりたいからやっているようにしか見えない。だが自分は、これがもし仕事上の買い出しだったとしたらそれがあますことなくいずれ消費されると言うことがわかっているんだとしたら、買い物=これ程気持ちいい事はないと思う。ホームセンターで、買うべきだったシャープペンシルが五ヶ月後に全部なくなっているのを見ると、会社ではこれは気持ちがいいと思う。僕はこの間、このシャープペンシルが普段一本180円なのに、あるホームセンターで買うと5本で500円で売っている事を知って、そのレジを通った時に大正解を得た後のスーパー仁くんみたいになって叫びたくなってることに気付いた。でも、食料品だとこうは行かない。母に付き合わされて、必要なのかどうかもわからないみかんを買って、全部結局酸っぱくて食べれなくてブツブツ言いながら腐っていくのを見てると、どうしてもそれが欲求から出られていない行為に見えて来る。苦しみだと思った。いま、ここで、現生にいる事への説明なしに、自分は、大根やじゃがいもや米の、捨てる部分に対する哲学も無しに「買わされる」役だけ背負わされてそこに存在して、レジの人も何の疑問もなく、「その葉っぱは、捨てるんですよね?」て言うことも言わないで、自分もいずれ、魚の内臓がぐしゃぐしゃに腐って溶けるところをここで想像させられている。だったら、役割って何なんだと思う。そう思うと、僕は一人で、レジの前に居て怒り狂ってもいいのだと思っていた。なぜまた、ここで自分たちだけが買い物だけをやらされているのだ…みたいな。これを、僕は「仕事」にするべきだと思った。皆が、地中に根っこが生えたままで何もかもを食いたいと感じているとき、自分と母親が、親切心だけでそれを説明することも無しに買わされてる事に対して、じゃあそれを仕事だと見えるようにしていけばいいんじゃないか。
だからとりあえず

①主食を作る

これは、三食必要だから作る。この時、あんかけ焼きそばがいいとか、カレーはやだとか言う奴が居るが、殆ど無視して粗食を食わせる。


②おやつはありきとする

この時に、おやつはお母さんが決めると言うことを納得させる。


③たまにご馳走がある

ご馳走がある時は、イベント、それからお母さんが元気のある時になされる。



これに対して、ありがとうはどうしたの?とか言い始めたら、関係が悪くなっていると見なす。それよりも、全部消費された事でクリアーだとお母さんが感じるようになれば、この循環は正しかったんだという事になる。
こんなふうに会社の備品を買う→すべて皆の好奇心とやる気で消費されて、相殺が為されるようになるまで、僕がしこたまに頑張ってフォルダー分けしていく。

ただ、問題があるとすれば家庭の方にある。僕がいくら、修行のために相殺出来るようシステム化したとしても、家庭の方はいつも通りの体力だとか、それぞれに年取ったジジイとかの曲がりくねった嗜好の方に落ち着こうとして来る。
だから…






あと書くのが面倒になったのだが、そんな感じ。僕はとりあえずそれをうまくいってる仕事の或る部分として想像上でのみシステム化する事にしてみた。
だから、僕らの「買い物」は内部ではそれほど大変な事になってるんだって事、わかっていただけましたでしょうか。