To be continued(お掃除期間)

単純な日記です。

僕たちは同じ父親を持つ兄弟で、その中にいるかぎりは同じことを繰り返しているのでしかない。父親のお膝元にいることに気が付いていないあいだはそこから出られるはずもない。足掻いているのを皆で笑ってたって同じで、搾取されているのでしかない。夢を見て、いっとき寛いでるのでしかない。
父親の傘下から出られないでいる人の声は皆同じで、自分の頭でものを考えられない。価値基準を毎日植え付けてもらってその中で一番になり、褒めてもらいたい。それを毎日君も繰り返すけれど、そのことに何の意味があるのか分からなくなる。そこで終わるくらいバカなんじゃないだろう。もらえるか、否か、役に立つか、否か、それはサラリーマンの囲いの中でのあがきであってちっとも自由じゃない。頭も悪い、多くの人は単純ないたみをやわらげるのにこんなに時間が掛かって利益も上げられないばかりか人のせいにする作業に従事している。
大人になりたいのなら自分で探さなくちゃならないと思う。父親がまだ気づかない部分を探し出さなくちゃ生きているとは言えない。出たいと思わなければ出られない。そういうことを誰もしないで享受している。薬で頭を和らげて自分のほうがましだと思えるような人間をとにかく探しつづけている。何もしていない時点でおまえらは勝ちたいんだ。そうだろ?駄目になるのは父親の享受を甘んじて受け入れているからで、そうでない間のやまいの輝きがアイデンティティでしか未だなかったからだ。周りを見て、大人と子供とで分けてみてほしい。子供と死ぬまで一緒にいたいって思うか。健常という流れに乗っかっている人たちはそうでない人をやまいだと言ってからかうけど、そうはいっても彼らも、そのまた外側があることに気が付いていない。けど僕は気が付く。毎回、何をされたって僕は僕のあたまで考えて自分の限りでやるべきことに気が付く。僕は自分を父親の子供だと思っていません。