To be continued

単純な日記です。

宇宙〜〜その後蟹鍋の宴

休憩室は、カウンターの奥の扉から出て右に曲がり、廊下を突き当たったところにある。休憩室と言ってもそれは単にカーテンで区切られただけの代物で、そこにかなり古くなった事務机が置いてある。僕はそこに座って、休憩時間は本を読んで過ごしていた。
「……」「……」まただ。もう何度目かの声がして、僕は本に集中しながらも、その声が何を言おうとしているのかを考えようとした。「……」「……」おい。僕は言いたくなった。おい。いま、文庫本読んでるじゃないか。「タカセさん、……」僕は、大宇宙にチャンネルを合わせたままで、そこに微かに浮かび上がった小宇宙からの呼び声をその時に何度も聞いていた。それは最初「……」でしかなかったのだけど、僕は下半身すべて大宇宙のほうに居ながらにして、僕の意識部分は「おい、なんて話しかけられているか判別しろ」と訴えかけてきていた。僕は、けど今日の僕ははっきり言って、その時アルバイトMの話に耳を傾けたくなかった。理由はあって、もう朝から何回もMには「はい」と返事をして手伝いをしてきたから、そろそろ無視してもいいような判断をきわめて高次元にいる意識としての「僕」がしたからである。とにかくなんとなくその信号を受け取ってはいて、それが音でなく声で、だいたい「タカセ トイレットペーパ どうにかしろ」みたいな事だということを、ウンコに集中しながら転がったトイレットペーパーを右足だけで抱きとめる程度の意識で理解していた。メッセージを、受け取っていたのに、しかし今回はどうしたことだろうか、僕は大宇宙の誘惑に負けて小宇宙にまで降りていくことができなかった。つまり分かりやすくいうとMさんの呼びかけに対して休憩中の僕は五回分くらい平気で無視してしまったのである。

「高瀬くん、機嫌悪いの?」

カウンターに戻ってさっきはすみません、と僕がMさんにいうとMさんはそう応えた。
いや、そんなことあるわけないじゃないですか…連勤明けの◯さんじゃあるまいし、僕は早朝五時からだとしてもいつも常に気分五分晴れくらいですよ…とあえてそこに自虐も混ぜて言おうかと思ったのだけど、想像していたより振り向いた時のMさんの顔が怖かったので辞めておいた。そうだ。女性に「無視」はいけない。僕はそう感じた。僕の中で「母の前 真剣 嘘じゃかわせない」そういう条件下にふたたび立たされた感覚をえた。僕は正直に、読んでいた本に集中していたから聞こえなかったけど、トイレットペーパのことはもう三週間前に店長に伝えてあるということを伝えてみた。Mさんは呆れたあとで、けどその後も三十分くらいはなんとなく怒っていた。

思うんだけど、こういうとき怒ってるみたいなリアクションされた場合、本当に僕は女性って、意味わからん素直なときあるよなと感じる。僕がその後、レジ打つ時にMさんが無意識で落とした布巾を拾い上げてあげると、Mさんはにっこり微笑んで「ありがとう」と僕に言った。もう忘れたんかい。僕は、女性ってこんなふうに、意味わからん素直な時あるよなと思った。あの、僕たちって、もしかして夫婦なんでしょうか?いや、普通に僕達の間に友情みたいなものが芽生えつつあると思っていていいんですよね?ていう、何か仕事していながら指でつまんだあんこまんじゅう差し出されたような気持ちになりました。
女性って、皺だらけの顔していたとしてもこういう女性らしいそぶりで二十歳くらいに見えることが瞬間あるので本当に、星の王子様的に良いよなと思う。

僕は今日は珍しく指定休を午後から取っていて、それというのと文芸の人たちと会う予定があるからだった。
会ったのは五人グループの人たちで、僕はその人たちとAさんというつながりで知ったのだった。僕らは指定の場所で落ち合ったあとで蟹で出汁をとった鍋を食べれると評判の居酒屋へ入った。その中で色々話したりなどしたけど、なんか、そこにいる間じゅうでだいぶ世界って変わったよなあと僕は感じていた。

ちょっと前までなら、僕という人間はほぼで揶揄われる存在としてあった。というのもAさんという繋がりがある以外、いったい何をやっているのかよく分からない大学生として認知されていたようなところがあって、あの頃しっかりといじめられ続けた僕は、今のこのステージを普通の段階的に訪れるステージだとはもはや感じられなくなっていたのだろう。文芸をする人というのは風変わりな人が多く、ひとつの話題に対しては飛翔したまま飛びかかる鷹みたいになっていることがある。(そこまで…?!)ある時は僕がそうなっていたのかもしれないが、このエモーショナル、すごいなと感じた。
で、その中心にいると嫌味とか挑発みたいなものは当然あるのだけどきちんと皆が「タカセくん」と呼んでくれていて、僕は、僕という人間をほぼ好奇心で品定めしにきた大人達に対して噛みごたえがなくて面白くないなと言われてしまうかもしれないが本当、文芸をやっていてよかったなと思った。それからちょっと前まではなんとなくで才能あるかもなくらいで片手でやっていた僕のことを存在から挑発しまくり、時に暖かく辛抱強く文芸のキモを教えてくれた城山さんには常に感謝していたいなと思った。城山さんとはもう会っていないけれど、あの時の城山フィーバーというのは物凄くて、いろんな場面で「城山が…」「城山がどうした」「うわさの城山」みたいなことを、常にこの界隈では必ず聞く。そんな城山が、最後に僕に残した言葉は「ちょっと、ショートケーキのおいしい店行ってくるけん」で、僕からは「そういう問題じゃない。死ね」と応えたのが最後の、電話口でのやり取りだった。いま、城山に変わってフューチャーされるようになった僕は色々と質問をされたりはするけど、僕がやはり一番目が覚めるような経験というのは城山さんからもたらされたような気がしている。
あとAも。いや本当に。
今回会ったのはほぼ初対面の人たちと感じていたのだけど、皆Aさんが主催となって発行している冊子でペンネームで皆投稿してたメンバーらしく、皆が顔見知りだということをあらかじめAから教えてもらっていたから、今回の再会は興奮極まれる中であった。右端に座っていたのは僕の母くらいの歳のBさんで、ちょっととっつきにくい委員長タイプのひと。僕はこういう人は、とりあえず正直にはっきり話しかけた方が良いんだろうなということを意識していたけど、「アイスクリーム食べますか?」と僕がデザート注文の申し入れをしたときの冷たい目線を僕は多分忘れることがないと思う。「いてこませるな」と感じられていた。絶対。あとその隣にいたCさんはちょっと頼りない感じの女性で、皆がそのおっぱいを見ていた。その隣はちょっとふざけてるのかな?という感じの若いお兄ちゃんで、その隣の人は一番かたくなで麻婆豆腐ばかり食べていた。なんとなく、Aにもちょっと似ている感じがした。左端にいた人はバンドもやっているらしく、僕は最近の大人達が描くバンドマンのイメージ、ちょっとちゃうやろがと感じていたためもっとちゃんと話を聞こうと思って連絡先を交換しておいた。何故ならば、僕こそが漫研に入りつつバンドにも憧れていた超ダサい・チェックのシャツ的存在だったからである。いつもの癖で、僕は誰が僕を敵とみなしていて僕を味方と感じているのだろうかみたいな目線がありつつ話していた。まあ、多かれ少なかれ皆あるんでしょうね。水ポケモンが草ポケモンか気になる的な程度で。
で、そのうち、誰かが「Aが、あなたがAを気にしているということを気にしている」という二次元的なクエスチョンを事を発した。それから、次はCさんの文芸の話に及んだ。CさんはAに惚れているらしくて、僕としてはそういう感覚でAを見る機会を得たことにやや若干興奮してきていた。で、話は紆余曲折をへてCさんの文芸トラブル(皆から注視されまくり結果的に毎日炎上状態になる)のことに及び、そこで一番生き生きしていたのは僕の母と同じ年代のBさんだけだった。僕は多分、そういうことである時期エネルギーを蓄えるみたいな本能がたしかに、彼女のような体育の先生的な人ならばあるのだろうと感じた。その後、華麗にかわされまくって拗ねていたところも僕の中で意味不明な祭りとなってその後も幾たびもざわめいていた。(それを、トイレ立った時に揶揄する下品な男性陣)僕はというとそういえば、そういう事件が一度あったなと思った。その件についてはAから三十回くらいは電話で暗喩めいたやり口で突きつけられていた僕は、本当にあのときAを殺してやろうかと思っていたのである。けどこんなふうに実際に話を聴くと「ああふうん〜」で終わる程度の話で、何かそれ以上は真偽はどうあれ糞が付くくらい真面目なCさんを傷つけてはいけない的状態になると僕は思った。もしこれが、Dさん(あるいはB)だったら「殴りかかってもOK」的状態になったのかもしれない。一応可能性として。そしてそれも今自分の方が注視されているという優越感から来ているかもしれなくて僕という人間は本当に、クソガキみたいだなと感じてしまっていた。

あとは常に孤独の中でやってるみたいなところがあるので、一番ホットな話題が何なのかわからないという傾向が常にあるので、今回いろいろ教えてもらってよかったと思う。

しかしこういうとき、色んな人がいるのにどうしても明らかに怪しげな兄ちゃん的な人と話が合いそうになる自分が少し違うんじゃないかと僕は思っていた。
改めて、色々と話したあとトイレとかへ行き冷静に考えてみたのだけど、数年前であればいざ知らず、いま、いろいろ書いて見てまったく思い通りにならなかったり、とにかく文の量が足りないみたいなことに毎回、行き当たる中それを平然とこなしているこういう人たちを前にして、あの頃、素性を知らなかったとはいえ平気で「それは違います」「下手じゃないですか?」みたいなことを言いまくり、ビシバシ採点しまくっていた無邪気な自分のことを考えると、たしかに、城山さんとAさんの冷や汗具合も今やっと僕の手に同量くらいでもたらされたような感じがしている。一応書いておきたいが僕はあのとき、本当に何もかも楽しくてバカ丸出し状態でやっていたのではない。僕は「なんも知らん僕が、けど、居る!」みたいなドラマ放送してる意識は常にあった。「なんも知らん!」常にそれは状態を確かめてもらうためにも周りに言っていた、そしてそれ(宣言)もろともで怒られていたけど僕は「なんも知らん!」を言わないのはむしろ無礼じゃないかと感じていた。
皆めちゃくちゃ酔っ払っていて、最後は罵り合ってその会は終わった。けど、本気でぶつかり合うって良いなと思った。僕はくだけた一匹狼的な空気のあったFさんDさんに、構われすぎてしまった自分の高揚したままの気分で「これから、サウナに行きませんか?」と言ってみようかと思ったのだけど、二十歳くらい離れているため恐れ慄いてそれは辞めておいた。

それから、話はAのことにも及んだのだけど、何かいろいろありすぎて忘れてしまった。
思い出したら書こうと思う。