To be continued(お掃除期間)

単純な日記です。

詩ー僕がフィクション

これまでずっと、自分には解けなかったことがひとつあるけど最近やっとそれがわかった、

僕が存在していることの謎のひとつ、それは僕がフィクションだったということだった


僕はずっと、ずっとずっとどこにいても

「なにかおかしい」

とかんじていた

人の見る目、話す人、皆、「なにかどこかおかしい」
僕だけ共感してもらえない

僕だけことばをまともにうけとってもらえない

僕がはなすと


「わあすごい」

「やあこまった」

「びっくりした」「さすが」

そんなふうに感嘆して皆、すぐに居なくなる


それは僕がフィクションだったからだった

僕が大切なものをなくしても皆、泣きもしなかった

まるでひとつのドラマを見るみたいに

通り過ぎた

「放っておけばいいさ」

「いつものとおり」





どうして?もう死んでしまいたいくらいなのに

やっといるっていうだけなのに



「こいついつもこうだから」

「はやめにきりあげてね」


僕のたからもの

野球のバット、

コイン、

バッグ、

やっと買った自分に合う服、

友達、

恋人、

全部、



ぜんぶぜんぶ

なくなった

汚された



僕がフィクションだから

なくなってもだれもなにも言わなかった

僕がフィクションだからだ


僕のいる世界すべてフィクションだから僕のもつものもそれはすべてフィクション

起こることももちろんフィクション

権利はフィクションの作り主に帰属する

僕が死ぬ時も、それはフィクション

僕の気持ちも、それはあたりまえにフィクション

誰かの借り物




「あらまあもう元気になったの?」

それさえももちろんフィクション

フィクションはたったひとつの箱に入りフィクション時間で運営されている



皆が皆、自分の時間を生きているのに

その間恋人や家族、友人たちと仕事をして談笑し、人生を謳歌しているのに

フィクションはフィクションとも知らず

質量を保たれたまま別の惑星みたいにある



誰かが僕に言った「それは、フィクションだから」

僕にはわからなかった。

なぜなら、僕にとってはそれは世界だったから。

血肉を持ち、

感情があり、
人として、
僕はその人達から認知されて、
会話して、

交流しているのだと


思っていた。思い込んでいた。


けど、僕は今日知った、僕は生まれてから死ぬまでずっとフィクションだった、

フィクションに人は共感はするけれどそれはドラマの放映が終わるまでの間だけ


鑑賞物 書物 絵画

僕はそういう作りもの


僕はフィクションなのに、ずっとずっと真剣に、自分なりに生きようとしていたってわけ

僕の債権者、権利者、著作者、
いままでどうもありがとう。



綺麗に書いてくれてありがとう




罵倒してくれてありがとう




操り人形みたいに切り捨ててくれてありがとう

僕はあなたがたの共感を呼び覚ますためならばなんだってやったさ

服を脱いで踊り狂って

涙を流して懇願して

正当性のあるように振る舞って 騙して


そうおまんこも何回もしたよね

いつもありがとう







僕の死にたくなさわかってくれたのかな?







そんなフィクションを相手にしてくれていてどうもありがとう。